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円×撫子。
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* * *


雨に降られてしまった。
とはいえ、ショーは見ることが出来たし、屋外のアトラクションには大方乗り終わった後。
元々天気が良い日ではなかったし、ここまでもっただけでも御の字だと思う。
レインコートを買うという手もあったけれど、この季節雨に濡れるのは少々堪える。
そんなわけで、私たちは、屋内にあるアトラクションに足を向けた。


「……流石にこれは、あまり面白くないかしら」
「いーんじゃないですか。何も乗らないよりは楽しいでしょ」

そう言いながら並んだのは、いわゆるコーヒーカップのようなアトラクションだった。
屋内のこのエリアにあるのは、割と子供向けのアトラクションが多い。
絶叫マシンが特に好きなわけではないし、むしろ苦手なくらいだけれど、これは流石に少し物足りない。
コーヒーカップならばハンドルで調節ができるかと思ったのだけれども。

「回らないのね、あのハンドル」
「そうみたいですね」

遠心力を利用して回転する、と言われてもいまいちピンと来ないけれど、とにかくハンドルは回らないらしい。

「なお、速い回転をご希望のお客様は、お連れ様と近づいてお座り下さい」
「……ですって」
「……へえ。じゃあ、折角ですし並んで座りましょうか」

相変わらず、私にはいまいちピンと来ていなかった。
けれど多分、このとき私は、気づくべきだったのだと思う。
そう言った円の声が、妙に弾んでいたことに。

そして、アトラクションの扉が開き、私たちは近場の小さなカップに乗り込んだ。
けれど。

「ちょっと、……円、近くない?」
「近くありません。さっきあの人言ってたでしょ、回転を速くしたければくっついて座れって」

確かに近づいて、とは言ったけれど、何も、くっついて、とまでは言っていない。
それにしては、円の位置が近すぎる。
本当に円は、“くっついて”座っていた。
思わず抗議しようとしたけれど、そんな私を他所に、アトラクションが動き出した。

「っ、え、ええっ?」

速い。
思ったより全然速い。
確かにハンドルは回らないけれど、思い切り身体を持っていかれる。
そして何より。

「円、近い!!」
「近くありません」
「近いわよ!!」

半ば叫ぶようにしてそう言った。
近い。
すごく近い。
いくらなんでも密着しすぎだ。

「へえ、これ結構面白いですね」
「のんきなこと言ってないで、離れて!!」
「嫌ですよ、離れたら回転止まっちゃうじゃないですか」

大体、乗り物が動いてる間に立ち上がったら危ないでしょ。
しれっと円はそんなことを言うけれど、明らかにそんなことを思っていないのは見え見えだ。
単に、離れる気がないだけ。
いい加減私でもわかる。
円はどう見てもこの状況を楽しんでいた。

「円!!」

離れて、という意味で名前を呼んだのに、円は更に身体を寄せてくる。
回転は益々速くなり、もはやコーヒーカップのハンドルを全力で回しているのと同じ状態だ。
このアトラクションは、こんなに激しい乗り物だっただろうか?
どう見てもそうは見えなかったというのに!!
周囲はもはや糸状にしか見えないし、三半規管が明らかにおかしい。
おまけに隣の円は益々面白がっているようで、全力で私に体重をかけてくる。
おかげで触れた身体から伝わってくる円の熱にも、私は激しく動揺させられていた。
いくら円がスキンシップの多い方だとはいえ、ここまで密着することは流石に滅多にない。
結局、アトラクションが動いている1分半、私は、身も心も、思い切り振り回される羽目に陥っていた。



「撫子さん、足元ふらついてますよ?」
「……誰のせいよ」
「さて、誰のせいだか」

しれっとそんなことを言う円は、悔しい程涼しい顔だ。

「子供向けかと思いましたけど、案外そうでもなかったですね。面白かったです」
「私は全然面白くなかったわよっ」
「そうですか?撫子さん結構楽しんでるように見えましたけど」
「一体どこを見てそんなことを言ってるのよ!!」
「だって撫子さん、ドキドキしたでしょ?……ぼくに」
「っ……!!」

す、と顔を覗き込まれて、私は絶句するしかなかった。
そりゃあ、ドキドキさせられた。
嫌と言うほど。
あんなにくっつかれれば、当たり前だ。
触れていた熱が蘇って、頬が熱くなる。

「顔、真っ赤ですよ、撫子さん」
「う、煩いわよ、円!!」
「ねえ撫子さん。ぼく、これもう一回、乗ってもいいですけど?」

にやり、と円が笑う。

「……私は、絶対ごめんだわ!!」

条件反射で怒鳴り返すと、円が珍しく、声を立てて笑った。
その顔が本当に楽しそうで、悔しいけれど、私は思わず毒気を抜かれてしまっていた。

……ちなみに、アトラクション自体は私にも結構面白かったのだけれど、そのことは、内緒にしておこうと思う。
どうせまた、思い切りからかわれるに違いないのだから。


Fin.


* * *


TDSの某アトラクションは本当にリア充向けだと思いました。


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CLOCK ZERO portable発売記念カウントダウン企画『よあけ』提出作品その2。
円撫。
* * *


(……やってしまった)

私は、キッチンの床に座り込んだまま、ため息をついた。
円と、大喧嘩をした。
別に、それ自体は珍しいことではなく、そもそも私達の間で喧嘩と日常会話の区別はほとんどないに等しい。
でも、今日の喧嘩は違う。
言い過ぎた、と明らかにわかった。

『なら、勝手にしたらどうですか?』

そう言った円は、怒っている、というよりも、……多分、傷ついた顔をしていた。
一体、どうしてこうなってしまったのか。
バタン、と閉まった寝室のドアの音が痛い。

(大体、勝手にって、……どうしたらいいのよ)

出て行くのなら勝手にどうぞ。
そういう意味なのはわかっている。
かといって出て行くわけにもいかず、円を追いかけることもできなくて。
結局私は、キッチンに逃げ込んだ。
逃げる場所なんて、ここしかない。

(何か、作ろうかしら)

逃げ込んだ先がキッチンなら、出来ることと言えば何か料理を作ることくらい。
この状況でお腹が減るはずもないけれど、手持ち無沙汰で居るのが辛かった。
冷蔵庫の中やストックの中を覗き込み、シチューを作ることに決める。
シチューの作り方は、前に円に教わった。
それを思うと、また少し、胸が痛んだ。

ゆっくりと、野菜の皮を剥く。
普段はしない、野菜の面取りもする。
少しでも、時間がかかればいいと思う。
それだけ、余計なことを考えなくて済むはずだから。
そう思って、いつもより時間をかけて、料理をする。
それなのに、頭を過ぎるのは、円のことばかりだった。

どうしてここまで拗れてしまったんだろう。
どうしてあんなに言い過ぎてしまったんだろう。
一体円はどう思ったんだろう。

もう私のことなんて、嫌いになっただろうか?

ねえ、円。
……私、貴方が思ってるより、自分で思ってるより、多分ずっと、貴方のことが好きだわ。


* * *


くるり、と鍋をかき回す。
甘いミルクの香りがする。
自分で言うのもなんだけれど、美味しそうだった。
けれど、少しも心は晴れない。
お腹も減らない。
……言うまでもない、一緒に食べてくれる人が今ここにいないからだ。
一言声をかければいいんだと、わかっている。
でも、どうしてもそれができなかった。
もしも円に拒絶されたら?
つい、そんなことを考えてしまう。

円。
ねえ、円。
……こうしていても、貴方には伝わらないって知っているのに。
『ごめんなさい』

その一言は、どうしても上手く言えそうになかった。


(シチュー皿……高いところにしまいすぎよ)

食器棚の前で、私は思わず立ち尽くした。
使いたい食器が高いところにありすぎる。
確かにいつも、食器を片付けるのは私じゃなく円で、そうなると、円の身長基準で仕舞い場所が決まるわけで。
しょっちゅう使うわけでもないシチュー皿なんて、上の方にしまわれるのは当然で。

(……届かない、かしら)

背伸びをして、手を伸ばしてみる。
もう少しで触れそうなんだけれど。
別にここで頑張る意味はないとわかっていながら、触れそうだから妙に意地になってしまう。

(もう、ちょっとっ……)

なんで意地になっているのかももうわからず、とにかく必死で手を伸ばした。
その時。

「あなたね。一体何枚皿を割るつもりなんです」
「!……?」

いきなり頭上から聞こえた声に驚きすぎて、名前を呼んだはずが言葉にはならなかった。
嫌というほど聞き覚えのある声。
私の頭上で軽く皿を攫ったのは、間違いなく、さっき大喧嘩をした円だった。

「あなたの身長じゃ、いくら背伸びしたってこの皿取るのは無理でしょ。ちょっとは頭使ってくださいよ。台を出すとか、別の皿を使うとか、―――――ぼくを呼ぶとか」
「……っ」

最後の一言に、私は声を奪われた。

「……」
「なんとか言ってください」
「……最後の選択肢は、絶対ありえないわ」
「ああ、そーですか」

どうにか憎まれ口を搾り出した私に対して、円の声は淡々としていた。
でも、そこには、先程までの刺も痛みも感じられない。
もう、……いつもの、円だ。

「何作ったんです。シチューですか?」
「……ええ」
「あなた、料理なんて出来たんですね」
「っ、ちょっと!!それはいくらなんでも失礼じゃない!?私だってこのくらい」
「ねえ撫子さん」
「何よ!!」
「さっきはぼくが言い過ぎました。すみません」
「っ……」

……だから、円はずるい。
いつも、私の台詞を奪ってしまう。
……どうして、貴方が先に謝るの。
円の、ばか。

沈黙が落ちた。
火にかけたままの鍋がことことと優しい音を響かせる。
多分、シチューはそろそろ食べ頃だ。
キッチンを、美味しそうな匂いが包んでいた。

「……私も」
「はい?」
「……私も、さっきは言い過ぎたわ。ごめんなさい」

気づけば、ふわふわ漂う湯気に乗って、ぽろりと素直な言葉が零れ落ちていた。
……ああ。
言ってしまえば、こんなに簡単だった。

ふ、と笑った円が私の髪を撫でる。
その感触が、くすぐったい。
ああ、円の手だ。

「……貴方が素直なの、結構不気味ですよ」

そう言った円の声は、いつもより、ほんの少しだけ優しい気がした。

円が取ってくれたお皿にシチューをよそる。
久しぶりに作ったシチューは、……多分、美味しいに違いない。


Fin.


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CLOCK ZERO portable発売記念カウントダウン企画『よあけ』提出作品その1。
レイ撫。
* * *

ひんやりと、冷たい感触。
……気持ちがいい。
ぼんやりと目を開けると、見知った顔が目に入った。

「ああ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか。」
「……レイン……?」
「はい。こんばんは。」

どうしてこんな時間にこんなところにいるのかとか。
不法侵入だとか。
言いたいことは色々あった。
色々あるはずだった。
けれど、私の口から零れ出たのは全然違う言葉。

「髪……長いのね」
「ああ、これですか?もう随分伸ばしちゃってますからねー」

目の前に居るレインは、いつも結っている髪を下ろしていた。
レインの細い指が揺らす、淡い金色と、柔らかなピンク。
綺麗だと思った。

「結構大変なんですよー、あの髪型結うの」

ふんわり、レインが笑った。
どうしてだろう。
今日のレインは別人のように見える。
髪を下ろしているから?
違う、それだけじゃない。
纏う雰囲気が、まるで違う人。

「……レイン」
「はい」
「どうして、ここに来たの?」
「そうですね……、あなたを、攫ってしまおうかと思いまして」

レインの手が、また頬に触れた。
冷たい指先。
まるで人形のような。

「鷹斗が、……怒るわ」
「はい。そうでしょうね」
「……それでも、私を攫うの?」
「はい、そのつもりでした」

レインが何を考えているか、わからない。
元々何を考えているかなんてわからない人だけど。それでも。

「あなたが寝ている間にね。あなたを攫ってしまおうと思っていたんです。……でも、あなたが起きてしまったので、計画は中止です」

あなたにもばれてしまっては意味がないですから、とレインが続けた。
優しい、けれど、どこか寂しい笑顔。

「レイン」
「なんです?」
「私を攫って、どうするつもりだったの」
「……そうですねー。……あなたには、自由になってほしかったですね」
「え?」

意外な台詞。
自由。
この場でこんなことを言われるなんて、思わなかった。
少しも。

「ねえ、撫子君」
「何……?」
「鷹斗君を救えるのは、あなただけです。……この状況は決してあなたが悪いわけではないけれど、このずれた歯車を元に戻すことができるのは、間違いなく、あなただけです」
「……」
「でもね。……だからこそ、あなたをここから、連れ去ってしまいたかった」

この壊れた世界をいつまでも、壊しておくために。
かみ締めるように続けられたその言葉が、痛い、そして、怖い。
レインは、この壊れた世界に、一体何を求めているのだろう。
私にはそれが、わからないままだった。

「あなたなら、必ず鷹斗君を救ってくれる。ボクはずっと、それを……、信じているんですよ」
「……」
「……それでは、おやすみなさい、撫子くん」

もう一度私の髪をなでると、レインが踵を返した。
行ってしまう。
そう思った瞬間、どうしてだろう、私は反射的に、レインの服を握り締めていた。

「撫子君?」
「……」
「どうしたんですか」
「……」
「撫子君?」
「……どこへも、行ったら駄目よ」

どうしてそんな言葉が出てきたのかわからない。
けれど、今手を離したら、この人はどこかに行ってしまう。
それは確信だった。
私が今何もせず、この手を放してしまったら。
きっと、レインは消えてしまう。

「どこか、って……。行くところなんて、どこにもないですよ?」
「それでもよ。……だから、今夜はこの部屋から出ないで。……私の傍に居て」
「!……撫子君、そういう台詞を言う相手はきちんと考えたほうがいいと思いますけど」
「いいの。……いいから、朝まで、あなたはここに居て。絶対に、ここに居て。……私が起きたときあなたが居なかったら、私、本気で怒るわ」
「……撫子君に怒られるのは、ちょっと、……いえ、かなり嫌ですね」
「それなら、今夜は、ここにいて。絶対よ」
「……わかりました」

レインは、ちょっとだけ困ったように笑って、ベッドに腰掛けた。

「あなたに怒られるのは嫌なので、ボクは朝までここでこうしています。……仕方ないなぁ……」

むちゃくちゃなことを言っているとわかっていた。
けれど、どうしても譲れなかった。
だから、レインの手を握った。
ひんやり冷たい、人形のようなレインの手。
綺麗だけれど、酷く悲しい手。

鷹斗を救えるのは、私だけだと、レインは言った。

ならば、レインを救えるのは、誰?

……できることなら、私であってほしい。
そして、もしも私でないのなら、誰か早くこの人を救ってあげて欲しいと思う。
この壊れた世界を望み続けるこの人を、誰か、救ってあげて欲しいと、思う。

今の私に出来るのは、この人をここにつなぎとめるところまで。
だから、レインの手の温度を感じたまま、目を閉じる。
レインはもう、何も言わなかった。

深夜の静寂の中、私はレインの手をきつく握ったまま、ゆっくりと眠りの底へ落ちていった。


Fin.


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鷹撫。
未来残留ED後。
* * *

光のまぶしさにゆっくりと目をあける。
ふと光をさえぎった影に、口を開いた。

「鷹斗……?」
「うん。……おはよう、撫子」

かすれた私の声をそっと奪うように、ふわり、とキスが降ってくる。
優しい、触れるだけのキスだ。

「……おはよう」

光の中で、穏やかに、朝を迎える。

「ねえ、撫子」
「何?」
「……幸せだなって、思うんだ」

穏やかな顔で、鷹斗が微笑んだ。

「君がこうして、俺の名前を呼んでくれることを」

何も言えない。
言葉にすれば何かが足りなくなってしまいそうだ。
だから、そっとキスを返した。

「撫子」

伸ばした腕の中に、確かな温もりを感じる。

私が目を開くことができなかった時間にこの人が失ったもの。
それはきっと、数え切れない。
この人も、……世界も、きっと、とてつもなく沢山のものを失ったんだろう。
それは紛れもなく、私の罪だ。
それでも。

何をなくしても。
世界の全てと引き換えに愛されても。

あなたとこんな風に迎える朝を、私は嬉しく思う。

「……どうしたの?撫子」

あなたがいてよかった。
あなたといてよかった。

それは、どれだけ言葉にしても、少しも足りない思い。

「……おはよう、鷹斗」

私、あなたを、愛してるわ。


柔らかく差し込む光。
大切な人と、共に迎える、優しい時間。
かくも素晴らしい、大切な日々。

そしてまた、新しく幸せな“今日”が始まる。


Fin.


* * *


西野カナ『*Prologue* ~Sunrise~』より。
この曲は絶対に鷹撫だと決めていた。


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央+撫子。でも円撫です。
* * *


「はい、どうぞ」
「ありがとう、央」
「いえいえ」

紅茶を口に含むと、ふわりと優しい香りが広がる。
きちんと私の好きな茶葉を選んでくれているところがいかにも央らしい。
……円が紅茶を好むのも、きっとこの兄がいるからだと思う。
ちなみに円も、茶葉の種類には色々と煩い。

「全く、あの子は本当にねえ……」

ちょっと呆れたように、央が笑う。

「ごめんねー、あんな弟で」
「……央が謝らなくてもいいわよ」
「まあ、一応僕、お兄ちゃんですから」

そう言うと、央は、綺麗に飾り付けられたケーキを差し出してくれる。
綺麗に飾られたケーキは、私の好みの飾りつけと味。
完全に私は今、央に甘やかされている。
ちなみに、これが初めてでは、ない。
……央は、人を甘やかすのが結構上手いのだ。
この辺りが、流石は兄、というところ、だろうか。
あの弟が溺愛するだけはあるというか。
大体、恋人と喧嘩をして、別の男性に紅茶とケーキで宥められるだなんて、私も一体何をしているんだろうと思う。
……思ってはいても、円と喧嘩をするたびに逃げ込む先に選んでしまう程度には、央の所は居心地がいい。

「円のひねくれ具合と可愛くなさは僕が一番知ってるからねー」
「……それでも央は、円のことが大好きよね」
「うん。でも、基本的に僕はいつも撫子ちゃんの味方だよ」

何が理由でも、君を怒らせるのはあの子が悪い、と央は笑って言う。
……何かと素直じゃなくて、何かと意地悪で、時々いっそ嫌われているんじゃないかとすら思う。
一体どうして私はあんな子と付き合っているんだろう、と、こんなときは少々真剣に悩んでしまう。
だって明らかに、この人の方が理想の恋人だ。
いつだって優しくて、いつだって私を甘やかしてくれる。
あの意地悪の根性悪とは大違いで。

「……ねえ央」
「何?」
「私、もしかして央と付き合ったほうが幸せかしら」
「あー、そうかもね。僕はそれでも全然いいよ」
「……そうね。でも、欠片もそんなこと思ってないのよね、央は」
「うん。バレた?」

ばれた、も何もない。
……だって、私はそれを知っているから、ついついいつも、ここに逃げてきてしまうのだから。

「当たり前よ、央」
「あはは。だからまあ、当分僕は、君たちを見守りつつ、君の避難場所、っていう位置を確保しとくよ」

それが一番面白いからね、とほんの少しだけ、意地悪そうに笑う。
……ああもしかして、こんなところがやっぱり、円と央は兄弟なのかもしれない。
美味しい紅茶とケーキを口に運びながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。

そして今日も、私はこうして央に甘やかされる。
不機嫌そうな顔で、円が私を迎えに来るまで。

大好きで居心地のいい、この、優しい空気の中で。


Fin.


* * *


央誕生日おめでとう!!


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円×撫子。

円撫分が足りません。
* * *


「っ、!?ちょっ、と!!」

最寄り駅の改札を出た途端、私は何故か、円の背中の上にいた。

「まっ、円!!何するの!?下ろして!!」
「煩いです。黙っててください。落としますよ」
「おとっ……、落とさないで!!おろして!!」
「ダメです」

妙にきっぱり言い切られた。
円の行動の意味がさっぱりわからない。
何故私はこの年になって、いきなりおんぶなどされているのか。
恥ずかしい、にも程がある。
そもそも、スカート姿の年頃の女の子をいきなりおんぶするというのは一体どういう了見なのだろう。

「ちょっと円、いい加減にして!!」
「それはこっちの台詞です。あなた本当に煩いですね。大体、あなたが悪いんですし」
「……なんでよ」
「どーして履きなれてもいないくせにそんな高い靴履いてくるんです」
「!」

漸く思い当たった。
……そう。
痛いのだ。
足が。
世に言う、靴擦れ、という、もので。

「知って……」
「そんなの見てればわかります」

ばっさり、切られた。

「全く。さっさと痛いって言えばいいのに、なんでいつまで経っても言わないんですか。今更ぼく相手に見栄張るとか本当にばかでしょあなた」

咄嗟に何も言い返せなかった。
……つまり円は、私が靴擦れの痛みを我慢していたのを、知っていたということだ。
更には、見栄を張って、いつもより高いヒールの靴を履いてきたのも、バレていた、らしい。

「はっきり言っておきますけど、あなたそーいうの全然似合いませんから」
「なっ……」
「全然似合ってません。はっきり言ってばかとしか言い様がありません」

いくらなんでも、その言い方は酷い。
……これでも、円とのデートだから頑張ったのに。
円の嫌味にはそろそろなれたつもりでいたけれど、流石に悲しくなってくる。
けれど。

「そんなの履かなくたって、あなたぼくに丁度いいサイズでしょ」

……不意打ちでそんなことを言ってくる円は、本当にずるいと思う。

「……円の意地悪」
「何とでもどうぞ」
「ばか」
「はいはい」
「……」
「ああ、そうだ、撫子さん」
「何よ」
「もうちょっとダイエットしてください、重いです」
「っ、ばか!!」

円が、笑う。
……間近で見たその顔があまりにも楽しそうだったから、私はそれ以上文句を言うことができなかった。


Fin.


* * *


ちょっと無理をして履いた靴が痛くて死にそうだった帰り道。
こんな妄想で乗り切りました。
姫抱っこではなく、あえてのおんぶっていうところが、私の中の萌えポイント。


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円×撫子。

こういうのを書く人なのか、と思って頂ければ幸いです。
沢山書けるとは思えませんが、たまにこんなしてぽつぽつ小ネタを呟くかもしれません。
* * *


「あなたね。なんなんですか、さっきから」

目の前の円の手元を見つめていたら、耐え切れなくなったらしい円が、鬱陶しそうに声を上げた。

「美味しそうだなと思って」
「……」

円は呆れた顔を隠さない。
そういう顔をされるのはわかりきっていたことなので、今更そんなことは気にもしないけれど。

「あげませんよ」
「まだ欲しいなんて言ってないじゃない」
「まだってことは言うつもりだったってことですよね。あげませんよ」
「だから何度も言わなくたってわかるわよ!!」

ケチなんだから、と呟けば、ケチで結構です、とごく普通に返される。

「大体自分だって食べてるでしょ。太りますよ」
「……ケーキを食べにきて、女の子にそれを言う時点であなた色々失格よ」

円の手元にあるのは、果物やクリームで繊細に彩られたショートケーキ。
対して、私の手元にあるのは、ガトーショコラ。
言うまでもない、味が全く違う。
一口くらいくれたって、ばちはあたらないと思う。
そんなことを思っていると、不意に円の手元の携帯が鳴った。
携帯に目を落として一瞬ものすごく不機嫌そうな顔をした円は、すみません、と一言断って席を立った。
円が私といるときに出る電話は、仕事に関係したものだけだ。
それを知っているから特に気にはしないけれど、近頃の円はなかなか多忙らしい。
取り残された私は、円と話していた間、お留守になっていた手を動かすことにする。
口に運んだガトーショコラは、やっぱり美味しかった。
ふと、思い立つ。
振り返って背後をうかがうと、円はまだ何事か電話で話している。
思いのほか込み入った話のようだ。

(円、怒るかしら)

そう思いながら、円のケーキに手を伸ばした。
フォークで掬い取って、一口。
口の中にふわりと広がる甘みは、ガトーショコラよりも優しい。
幸せな気持ちで秘密の甘みを蕩かしながら、私は円を待っていた。

「すみませんでした」

そう言いながら、円が戻ってくる。
気にしないで、と口には出して、妙にドキドキしながら私は紅茶を口に運んだ。
ショートケーキの甘みが、紅茶の味でゆっくりと薄れていくのを感じる。
甘みが恋しくなって、今度は自分のケーキに手を伸ばした。

「……撫子さん」
「……何?」

円が、フォークを片手に私を見つめている。

「あなた、食べました?」

怒っている、わけではないらしい。
呆れたような、悪戯をした子供を咎めるような、そんな言い方。
……まあ、間違ってはいない。
当然、バレないはずもない悪戯だ。
わかっていて、私は首を横に振る。

「食べてないわ」
「食べましたよね」
「食べてないって言ってるじゃない」
「食べたでしょ。どう見たって減ってるじゃないですか、ぼくのケーキ」

円は、フォークでショートケーキを指す。
お行儀悪いわよ。
……とは、言わないでおく。

「まったく……どうしてそういうことするんですかね、あなたって人は……」

ぶつぶつ言いながら、円がケーキを口に運ぶ。
その拗ねたような言い方と不機嫌な顔が、なんだか妙に可愛くて。
こらえきれずに、私は笑ってしまった。

「……何笑ってんですか」
「そんな顔しなくても、まだ残ってるんだからいいでしょう?」
「全然良くありません。て、やっぱりあなたが食べたんじゃないですか」
「そうよ。ごめんなさい。どうぞ、私のも食べて」

悪戯をしたのは私なので、ここは素直に謝って。
私は一口ケーキを口に含むと、自分の皿を円の方へ滑らせた。
けれど。

「……折角なので、美味しそうなほうを食べることにします」

そう言った円の言葉の意味を掴む前に、私は拒む暇もなくキスをされていた。
一瞬の息継ぎの隙間、抗議しようと開けた唇は、見事に円に塞がれる。
……キスは、嘘みたいに、甘い。
ざわ、と、周囲がざわめくのがわかる。

「甘いですね。甘すぎます」
「……っ、だから、どうして人前でこういうことを平気でっ……!!」
「あなただって人のを勝手に食べたんですから、ぼくが勝手に食べたっていいじゃないですか」
「私はあなたのじゃないわよ!!……めちゃくちゃ人に見られたじゃないの!!」
「わざとです。当然です。見せ付ける為にやってんですから、思いっきり見せ付けなくてどーするんですか」

しれっとそんなことを言う円は、全く悪びれない。
明らかに周り中の注目が集まっているというのに、円は平気な顔で紅茶を飲んでいた。
何事も無かったようにカップを口に運ぶ円の落ち着いた仕草が憎らしい。
さっきまでの不機嫌が嘘のように、円は上機嫌だ。
……本当に、信じられない。
思わず口に運んだ紅茶は、もう甘みを消してはくれなかった。

いつまでも口に残るケーキの味は、これまで食べたどんなものより甘かった。


Fin.


* * *


実はこの話、前のジャンルで書いた小説を円撫に書き直したものになります。
その為、円ルートの帰還EDとネタが被ってしまったのですが、
元ネタ公開日がCZ発売日より前だったので、元ネタと同じオチになりました。
口移しは浪漫だと思う。
ちなみに、前のジャンルは本まで出したミラクル☆トレインです(笑)


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