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CLOCK ZERO portable発売記念カウントダウン企画『よあけ』提出作品その2。
円撫。
* * *


(……やってしまった)

私は、キッチンの床に座り込んだまま、ため息をついた。
円と、大喧嘩をした。
別に、それ自体は珍しいことではなく、そもそも私達の間で喧嘩と日常会話の区別はほとんどないに等しい。
でも、今日の喧嘩は違う。
言い過ぎた、と明らかにわかった。

『なら、勝手にしたらどうですか?』

そう言った円は、怒っている、というよりも、……多分、傷ついた顔をしていた。
一体、どうしてこうなってしまったのか。
バタン、と閉まった寝室のドアの音が痛い。

(大体、勝手にって、……どうしたらいいのよ)

出て行くのなら勝手にどうぞ。
そういう意味なのはわかっている。
かといって出て行くわけにもいかず、円を追いかけることもできなくて。
結局私は、キッチンに逃げ込んだ。
逃げる場所なんて、ここしかない。

(何か、作ろうかしら)

逃げ込んだ先がキッチンなら、出来ることと言えば何か料理を作ることくらい。
この状況でお腹が減るはずもないけれど、手持ち無沙汰で居るのが辛かった。
冷蔵庫の中やストックの中を覗き込み、シチューを作ることに決める。
シチューの作り方は、前に円に教わった。
それを思うと、また少し、胸が痛んだ。

ゆっくりと、野菜の皮を剥く。
普段はしない、野菜の面取りもする。
少しでも、時間がかかればいいと思う。
それだけ、余計なことを考えなくて済むはずだから。
そう思って、いつもより時間をかけて、料理をする。
それなのに、頭を過ぎるのは、円のことばかりだった。

どうしてここまで拗れてしまったんだろう。
どうしてあんなに言い過ぎてしまったんだろう。
一体円はどう思ったんだろう。

もう私のことなんて、嫌いになっただろうか?

ねえ、円。
……私、貴方が思ってるより、自分で思ってるより、多分ずっと、貴方のことが好きだわ。


* * *


くるり、と鍋をかき回す。
甘いミルクの香りがする。
自分で言うのもなんだけれど、美味しそうだった。
けれど、少しも心は晴れない。
お腹も減らない。
……言うまでもない、一緒に食べてくれる人が今ここにいないからだ。
一言声をかければいいんだと、わかっている。
でも、どうしてもそれができなかった。
もしも円に拒絶されたら?
つい、そんなことを考えてしまう。

円。
ねえ、円。
……こうしていても、貴方には伝わらないって知っているのに。
『ごめんなさい』

その一言は、どうしても上手く言えそうになかった。


(シチュー皿……高いところにしまいすぎよ)

食器棚の前で、私は思わず立ち尽くした。
使いたい食器が高いところにありすぎる。
確かにいつも、食器を片付けるのは私じゃなく円で、そうなると、円の身長基準で仕舞い場所が決まるわけで。
しょっちゅう使うわけでもないシチュー皿なんて、上の方にしまわれるのは当然で。

(……届かない、かしら)

背伸びをして、手を伸ばしてみる。
もう少しで触れそうなんだけれど。
別にここで頑張る意味はないとわかっていながら、触れそうだから妙に意地になってしまう。

(もう、ちょっとっ……)

なんで意地になっているのかももうわからず、とにかく必死で手を伸ばした。
その時。

「あなたね。一体何枚皿を割るつもりなんです」
「!……?」

いきなり頭上から聞こえた声に驚きすぎて、名前を呼んだはずが言葉にはならなかった。
嫌というほど聞き覚えのある声。
私の頭上で軽く皿を攫ったのは、間違いなく、さっき大喧嘩をした円だった。

「あなたの身長じゃ、いくら背伸びしたってこの皿取るのは無理でしょ。ちょっとは頭使ってくださいよ。台を出すとか、別の皿を使うとか、―――――ぼくを呼ぶとか」
「……っ」

最後の一言に、私は声を奪われた。

「……」
「なんとか言ってください」
「……最後の選択肢は、絶対ありえないわ」
「ああ、そーですか」

どうにか憎まれ口を搾り出した私に対して、円の声は淡々としていた。
でも、そこには、先程までの刺も痛みも感じられない。
もう、……いつもの、円だ。

「何作ったんです。シチューですか?」
「……ええ」
「あなた、料理なんて出来たんですね」
「っ、ちょっと!!それはいくらなんでも失礼じゃない!?私だってこのくらい」
「ねえ撫子さん」
「何よ!!」
「さっきはぼくが言い過ぎました。すみません」
「っ……」

……だから、円はずるい。
いつも、私の台詞を奪ってしまう。
……どうして、貴方が先に謝るの。
円の、ばか。

沈黙が落ちた。
火にかけたままの鍋がことことと優しい音を響かせる。
多分、シチューはそろそろ食べ頃だ。
キッチンを、美味しそうな匂いが包んでいた。

「……私も」
「はい?」
「……私も、さっきは言い過ぎたわ。ごめんなさい」

気づけば、ふわふわ漂う湯気に乗って、ぽろりと素直な言葉が零れ落ちていた。
……ああ。
言ってしまえば、こんなに簡単だった。

ふ、と笑った円が私の髪を撫でる。
その感触が、くすぐったい。
ああ、円の手だ。

「……貴方が素直なの、結構不気味ですよ」

そう言った円の声は、いつもより、ほんの少しだけ優しい気がした。

円が取ってくれたお皿にシチューをよそる。
久しぶりに作ったシチューは、……多分、美味しいに違いない。


Fin.
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* * *


(……やってしまった)

私は、キッチンの床に座り込んだまま、ため息をついた。
円と、大喧嘩をした。
別に、それ自体は珍しいことではなく、そもそも私達の間で喧嘩と日常会話の区別はほとんどないに等しい。
でも、今日の喧嘩は違う。
言い過ぎた、と明らかにわかった。

『なら、勝手にしたらどうですか?』

そう言った円は、怒っている、というよりも、……多分、傷ついた顔をしていた。
一体、どうしてこうなってしまったのか。
バタン、と閉まった寝室のドアの音が痛い。

(大体、勝手にって、……どうしたらいいのよ)

出て行くのなら勝手にどうぞ。
そういう意味なのはわかっている。
かといって出て行くわけにもいかず、円を追いかけることもできなくて。
結局私は、キッチンに逃げ込んだ。
逃げる場所なんて、ここしかない。

(何か、作ろうかしら)

逃げ込んだ先がキッチンなら、出来ることと言えば何か料理を作ることくらい。
この状況でお腹が減るはずもないけれど、手持ち無沙汰で居るのが辛かった。
冷蔵庫の中やストックの中を覗き込み、シチューを作ることに決める。
シチューの作り方は、前に円に教わった。
それを思うと、また少し、胸が痛んだ。

ゆっくりと、野菜の皮を剥く。
普段はしない、野菜の面取りもする。
少しでも、時間がかかればいいと思う。
それだけ、余計なことを考えなくて済むはずだから。
そう思って、いつもより時間をかけて、料理をする。
それなのに、頭を過ぎるのは、円のことばかりだった。

どうしてここまで拗れてしまったんだろう。
どうしてあんなに言い過ぎてしまったんだろう。
一体円はどう思ったんだろう。

もう私のことなんて、嫌いになっただろうか?

ねえ、円。
……私、貴方が思ってるより、自分で思ってるより、多分ずっと、貴方のことが好きだわ。


* * *


くるり、と鍋をかき回す。
甘いミルクの香りがする。
自分で言うのもなんだけれど、美味しそうだった。
けれど、少しも心は晴れない。
お腹も減らない。
……言うまでもない、一緒に食べてくれる人が今ここにいないからだ。
一言声をかければいいんだと、わかっている。
でも、どうしてもそれができなかった。
もしも円に拒絶されたら?
つい、そんなことを考えてしまう。

円。
ねえ、円。
……こうしていても、貴方には伝わらないって知っているのに。
『ごめんなさい』

その一言は、どうしても上手く言えそうになかった。


(シチュー皿……高いところにしまいすぎよ)

食器棚の前で、私は思わず立ち尽くした。
使いたい食器が高いところにありすぎる。
確かにいつも、食器を片付けるのは私じゃなく円で、そうなると、円の身長基準で仕舞い場所が決まるわけで。
しょっちゅう使うわけでもないシチュー皿なんて、上の方にしまわれるのは当然で。

(……届かない、かしら)

背伸びをして、手を伸ばしてみる。
もう少しで触れそうなんだけれど。
別にここで頑張る意味はないとわかっていながら、触れそうだから妙に意地になってしまう。

(もう、ちょっとっ……)

なんで意地になっているのかももうわからず、とにかく必死で手を伸ばした。
その時。

「あなたね。一体何枚皿を割るつもりなんです」
「!……?」

いきなり頭上から聞こえた声に驚きすぎて、名前を呼んだはずが言葉にはならなかった。
嫌というほど聞き覚えのある声。
私の頭上で軽く皿を攫ったのは、間違いなく、さっき大喧嘩をした円だった。

「あなたの身長じゃ、いくら背伸びしたってこの皿取るのは無理でしょ。ちょっとは頭使ってくださいよ。台を出すとか、別の皿を使うとか、―――――ぼくを呼ぶとか」
「……っ」

最後の一言に、私は声を奪われた。

「……」
「なんとか言ってください」
「……最後の選択肢は、絶対ありえないわ」
「ああ、そーですか」

どうにか憎まれ口を搾り出した私に対して、円の声は淡々としていた。
でも、そこには、先程までの刺も痛みも感じられない。
もう、……いつもの、円だ。

「何作ったんです。シチューですか?」
「……ええ」
「あなた、料理なんて出来たんですね」
「っ、ちょっと!!それはいくらなんでも失礼じゃない!?私だってこのくらい」
「ねえ撫子さん」
「何よ!!」
「さっきはぼくが言い過ぎました。すみません」
「っ……」

……だから、円はずるい。
いつも、私の台詞を奪ってしまう。
……どうして、貴方が先に謝るの。
円の、ばか。

沈黙が落ちた。
火にかけたままの鍋がことことと優しい音を響かせる。
多分、シチューはそろそろ食べ頃だ。
キッチンを、美味しそうな匂いが包んでいた。

「……私も」
「はい?」
「……私も、さっきは言い過ぎたわ。ごめんなさい」

気づけば、ふわふわ漂う湯気に乗って、ぽろりと素直な言葉が零れ落ちていた。
……ああ。
言ってしまえば、こんなに簡単だった。

ふ、と笑った円が私の髪を撫でる。
その感触が、くすぐったい。
ああ、円の手だ。

「……貴方が素直なの、結構不気味ですよ」

そう言った円の声は、いつもより、ほんの少しだけ優しい気がした。

円が取ってくれたお皿にシチューをよそる。
久しぶりに作ったシチューは、……多分、美味しいに違いない。


Fin.
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